日本の「森のようちえん」
Posted on 2/17/2010 at 2:10:04 PM
沼倉 幸子
日本の幼児教育の父と呼ばれる倉橋惣三先生の著書「育ての心」(註1)の序章に、『自ら育つものを育たせようとする心、それが育ての心である。世にこんな楽しい心があろうか。それは明るい世界である。温かい世界である。育つものと育てるものとが、互いの結びつきに於いて相楽しんでいる心である。』と書かれています。この文章を読むとき、私の中に一人の女性の姿が想い浮かびます。それ福永雪子先生です。ご存知の方も多いと思いますが、福永先生は1983年から「幼児グループ つくしんぼ」を始め、現在もお元気に活躍されています。
福永先生とつくしんぼの子どもたちに初めて会った日は、手袋が欲しくなるような冬の寒い日でした。朝の公園には元気な子どもたちが、次々に集まってきます。保育の邪魔にならないよう気をつけて見学していたのですが、拍子抜けするほど子どもたちは見知らぬ見学者の存在が気にならない様子。誰もが朝の公園での遊びに夢中です。砂場、縄跳び、ボール蹴り、竹馬。そしてその遊んでいる姿の中に、今日は一日誰と一緒に遊ぼうかとか、誰と一緒にお弁当食べようか、などという子どもたちの心が見え隠れしています。
その日は卒会生のたくさんいる小学校を経由し、自然がたっぷり残っている公園へ移動しました。公園内は整地されていない豊かな自然が多く残されていて、蔦のブランコや、木登り、沢ガニ探しや、崖登りなど、それぞれが今この時間の遊びを精一杯楽しんでいます。そしてどの子も生き生きとして、その顔には充実した表情がうかんでいます。
子どもたちにフックと呼ばれている福永先生は、時には優しく歌い、時には寄り添い、冒険する子どもの心を支え、よく笑いよく動きます。そんな福永先生とつくしんぼの子どもたちは、とても深い絆で結ばれているように見えました。ご自身の著書「泥んこで風とあそび街を歩く」(註2)には、『動き出す「時」は、その人自身が決めなければならない。本人が自分自身の葛藤をのりこえることこそ、その人の生きる力になる。』とあります。この子どもたちとの信頼関係は、一人一人が動き出す「時」を見守り、動き出した自発性の芽を育むことの積み重ねの上にあるのではないでしょうか。
大正時代に橋詰良一が“家がなくても幼稚園はできます。”と言って実践した「家なき幼稚園」がありますが、26年前から現在に至るまで園舎を持たず保育を行っている「つくしんぼ」は、日本的性格を持つ「森のようちえん」の草分け的存在ではないかと思います。そして改めて思うのは、「森のようちえん」は新しい保育スタイルではなく、その昔エラ・フラタウがデンマークの森で保育を始めたように、日本にも身近な自然の中で保育を行ってきた事実があるということです。
日本においても「森のようちえん」という保育スタイルが、ドイツ・北欧の森の幼稚園のように、ごく一般的な保育スタイルの一つとなることを私は願います。
子どもたちとの結びつきのなかで、日々保育を楽しんでいらっしゃる福永先生を、2010年度「森のようちえん全国交流フォーラム」分科会にお招きする予定で準備をしています。どうぞお楽しみに。
<引用文献>
(註1)倉橋惣三文庫(3)「育ての心(上)」倉橋惣三著 津森真・森上史朗編 フレーベル館
(註2)屋根のない「つくしんぼ」保育の日々「泥んこで風とあそび街を歩く」福永雪子著 教育史料出版会
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